キングダム好きは必見！始皇帝の暗殺者荊軻の名言「壮士一たび去って復た還らず」

 

＊以下、主に『史記』『十八史略』を典拠としている。

超大国秦の侵攻

紀元前403年、晋しんが韓かん、魏ぎ、趙ちょうの3つの国に分裂し、以後、古代中国は200年の長きにわたる戦国時代に突入します。

 

戦国時代には、「戦国の七雄しちゆう」と呼ばれる7つの有力な国が乱立していました。

 

秦しん・斉せい・楚そ・韓・魏・趙・燕えんがそれに当たります。

 

 

この中では秦が最も強く、燕が最も弱小の国家の一つでした。

 

秦はもともと馬の飼育に巧みだった「非子ひし」と呼ばれる人々が封ほうじられた（＝領土を与えられた）国だと言われています。

 

①戦争に欠かせない馬の飼育に優れていたこと ②青銅の剣や弩ど（＝西洋のクロスボウに似た飛び道具）などが兵馬俑へいばようから多数出土したことからも分かる通り、殺傷能力に優れた武器を加工できたこと ③20段階に渡る爵位しゃくいを設定し、戦争で手柄を立てるたびに昇進するシステムを構築したこと ④しっかりとした信賞必罰しんしょうひつばつが行える法整備を進めたこと ⑤出自しゅつじに捉われず、能力のある人材を積極的に登用とうようしたこと

 

これらが、秦の強さの秘密でした。

 

秦王政せい、後の始皇帝しこうていの代になると、秦は他の6国に圧力を加え、天下の併呑へいどん(＝呑み込み、併合すること)に突き進んでいきます。

 

政（秦の始皇帝）

 

前230年には韓が、前228年には趙が秦によって滅ぼされ、燕が侵攻されるのも時間の問題となっていました。

 

荊軻、命を受ける

燕は生き残りを目論み、太子たいし(＝後継ぎの公子)丹たんを人質として秦に送ります。

 

秦王政と丹は、以前互いに人質となっていた趙では面識があり、境遇も年頃も同じであったことから親しく交わっていました。

 

しかし、久しぶりに会った丹に対して、超大国秦の王となっていた政が礼を尽くすことはありませんでした。

 

これを天下統一の野心と受け取った丹は、すぐさま燕に逃げ帰り、秦の打倒を誓うのです。

 

丹は、田光でんこうという燕の名主に秦王暗殺について相談します。

 

そこで田光は、撃剣の使い手であり、遊侠ゆうきょう(＝仁義を持って強者を退け、弱者を助けようとする気質)の人であった荊軻けいかに秦王暗殺を依頼するのです。

 

ちなみに、田光は丹に相談された際、「暗殺については他言無用たごんむようである」と念押しされます。

 

しかし、そのことで、丹の信頼を得られていないと感じた田光は自らの潔白を証明するために自刎じふん(＝自らの首を刎はねること)し、丹を安堵あんどさせようとします。

 

後に丹は、田光に対する自分の発言を激しく後悔します。

 

暗殺役は荊軻に決定しましたが、秦と燕は友好関係にはなかったため、荊軻が直接政に謁見えっけんするのは簡単ではありません。

 

そのため、荊軻は、肥沃ひよくな穀倉こくそう地帯である督亢とくごうの地(現在の河北省保定市)を秦に割譲かつじょうすること、そして秦から逃亡して来ている樊於期はんおき将軍の首を秦に差し出すことで、秦を信用させるべきだと進言します。

 

しかし、せっかく燕を頼って亡命した樊於期の首を差し出すことを、丹は良しとしません。

 

後日、荊軻は直接樊於期のもとを訪れます。

 

直談判じかだんぱんの末、政に対する仇あだを晴らせるならと、樊於期は喜んで自らの首を刎ねるのです。

 

こうして荊軻は、督亢の地図と樊於期将軍の首、そして毒を塗り込ませた匕首あいくち(＝鋭利な短刀)を持って秦に向かうことになりました。

 

匕首

 

荊軻の双肩そうけんには、太子丹から授けられた大任、自刎した田光と樊於期の死、そして燕の平安を願う人々の思いがのしかかっていたのでした。

 

壮士一たび去って復た還らず

 

＊厳密に言えば、荊軻はもともと衛えいの人なので「故郷」の意訳は相応しくないが、燕のために命を投げ出すわけであるので、燕を祖国と思っていることは想像に難くない。よって、「故郷」と意訳をした。

 

親友であり、筑ちく(＝弦楽器の一種)の名手である高漸離こうぜんりの伴奏に合わせて、荊軻が歌います。

 

秦王を暗殺するということは、その成否せいひにかかわらず、死出しでの旅路に出るのと同じです。

 

たとえ成功したにせよ、荊軻の匕首が政を貫いた瞬間、その何倍もの剣が荊軻の体を貫通することになります。

 

見送りに来た者たちはみな白い喪服を身にまとい、荊軻との今生こんじょうの別れを悲しみます。

 

口々に嗚咽おえつがこぼれます。

 

この決別の悲しみが、「風蕭蕭として、易水寒し」には深く表れています。

 

そして、それでも人々のために大業をなそうとする気概きがいが、「壮士一たび去って復た還らず」という覚悟の言葉に込められているのでした。

 

暗殺者荊軻

人質であった丹の逃亡以来、関係が悪化していた燕から謝罪の使者が来た、しかも領土の割譲と樊於期の首を携えて。

 

狙い通り、政は荊軻の謁見を許します。

 

 

王座に腰掛ける政が命じます。

 

荊軻は地図を捧ささげ持ち(＝丁重に両手で掲げて持つ)ながら膝行しっこう(＝膝で進むこと)し、銅板の机に地図を広げていきます。

 

巻物状の地図が、ゆっくりとするする開かれていきます。

 

開ききると、その中に隠してあった匕首が突如とつじょとして顔を出します。

 

政が驚くや否いなや、荊軻は王座目掛けて突進していきます。

 

しかし、政を助ける者はいません。

 

秦の法律では、王に謁見する者は、側近であろうと刀を帯びることは禁じられています。

 

秦は厳格な法治ほうち国家でした。

 

そのため、武器を持たない側近は、逃げ惑う政をただ見守ることしかできません。

 

荊軻が政の袖そでを捉えます。

 

すると、すぐさま政は袖を引きちぎって逃げます。

 

柱の周りを巡り、政は荊軻の攻撃をかわします。

 

一瞬の隙すきをついて、政の剣は荊軻の左足を突き刺しました。

 

それでも、致命傷を与えることができません。

 

13歳の時に殺人を犯したことで度胸を買われ、今回荊軻の副使となっていた秦舞陽しんぶようは、わなわな震えているだけで全く役に立ちません。

 

これまでかと思った荊軻は、政に向かって匕首を投げつけますが当たりません。

 

匕首を失った荊軻は、とうとう政によってバラバラに斬きり殺されてしまいました。

 

最後に

人間には、勝負に出なければならない時があります。

 

生半可なまはんかな気持ちでは、夢はつかめません。

 

一生を捧げたいと思うものに出会うことだって、なかなかあることではありません。

 

だから、天から授かった夢を叶えるまでは故郷の土は踏まない。

 

それくらいの気概で物事に挑戦したいものですね。

 

今日の荊軻の言葉が、いつかみなさんの心を奮い立たせる時限爆弾になることを願っています。