はじめに
歴史に名を残す人は、それなりの逸話を持っています。
TBS系列で、毎回各界の、今が旬の有名人を取り上げる「情熱大陸」というドキュメント番組がありますね。
観ていると、その有名人には必ずと言っていいほど、視聴者を圧倒させるような逸話があるものです。
そのようなチャレンジングな人だからこそ、その道の成功者にのし上がることができるのだろうと思います。
常々、生徒に言うのですが、歴史に名を刻みたいと考えているのであれば、また何かの道の到達者になりたいと考えているのであれば、それ相応の冒険が必要になります。
「情熱大陸」に取り上げられる人物のように、30分番組を成立させられるだけの挑戦的な活動・業績・逸話というものを、これから獲得していきなさい、そのようなことをよく生徒に伝えるのです。
いずれ社会の第一線で活躍したいと考えている方、多くの人のリーダーになって世の中を変革したいと考えている方、小さくまとまった生き方をしていませんか。
本日も、歴史上の人物のアッと思わせるような逸話を紹介しますので、ぜひこれからの人生のヒントとしてみてください。
Life is immense‼
伊勢大輔、中宮彰子の家庭教師になる
伊勢大輔という名前を見て、大体の生徒は男の人だと勘違いしますが、伊勢大輔は平安時代中期の天才女流歌人です。笑
中学校で百人一首を習ったことのある方はご存知かもしれませんが、第61番歌に彼女の和歌は収められています。
伊勢大輔は、一条天皇の中宮(=皇后)彰子の女房(=貴人に仕える女官)でした。
彰子が一条天皇に入内(=天皇の妃になること)したときには、すでに、時の権力者である関白藤原道隆の娘、定子が中宮として存在していました。
道隆の弟である藤原道長は、兄に代わって氏長者(=藤原氏のトップ)になるために、定子の対抗馬として彰子を一条天皇に嫁がせたのです。
氏長者を巡る戦い
彰子(藤原道長) V.S. 定子(藤原道隆)
しかし、一条天皇は定子にぞっこんでした。
そのため、道長は彰子が寵愛(=貴人から愛されること)されるように、あの手この手を尽くします。
その一つが、優秀な女房を彰子のもとに置き、彰子を教育することでした。
道長は、学問や芸術に秀でた才能を持っていた女性を次々にスカウトします。
物語の天才紫式部、和歌の天才和泉式部や赤染衛門、そして伊勢大輔。
彰子のもとに行けば当代一流の芸術に触れられる、一条天皇は徐々に彰子のもとに通うようになるのです。
今日の逸話①八重の桜
宮中では、毎年旧都奈良から桜の花が献上されるイベントがありました。
そして、その桜の花の取り次ぎ役に選ばれた女房は、そのときの趣向に合わせて和歌を詠むしきたりになっていました。
もちろん、それはベテラン女房の仕事で、例年紫式部がその任に当たっていました。
しかし、伊勢大輔がまだ彰子の女房となって間もないころ、大輔の和歌の才能を知っていた紫式部は思わぬことを言い出すのです。
場は、大いに盛り上がったでしょうね。
その場にいた道長などは、大輔に向かって「早く早く(和歌を詠め)!」とけしかけます。
伊勢大輔は躊躇しながらも、当惑しながらも、次の有名な和歌を詠むのです。
いにしへの 奈良の都の 八重桜 今日九重に にほひぬるかな
通釈
古都奈良の八重桜が、今日はこの京都の宮中において八重にも九重にも咲き乱れておりますわ。
これこそ、百人一首にも採られた伊勢大輔の代表歌です。
「九重」には「都・宮中」という意味があり、この和歌では「(旧都である)奈良の都」との対比的表現として用いられています。
また、「いにしへ」と「今日」の対比、「八重」から「九重」への視覚的なボリュームアップ効果などを織り混ぜるなど、瞬時にこれだけの仕掛けを盛り込んだ当意即妙な和歌が作れたのは驚異的と言えます。
紫式部が無茶振りをしたのは、偏に大輔の才能に全幅の信頼を置いていたからなのでしょう。
今日の逸話②くちなしの花
あるとき、太政大臣藤原為光の子、道信が宮中に参内し、妃の部屋である上の御局の前を通り過ぎようとしました。
そのお部屋には中宮彰子が、たくさんの女房とともに滞在していらっしゃいました。
道信の手には、山吹色の花が一輪、握られていました。
それを見た彰子の女房たちはおかしくてたまらなくなって、道信にちょっかいを出します。
当時の娯楽は、「詩歌管弦」という四字熟語で表せますが、左から漢詩、和歌、管弦楽のことを指します。
つまり、女房たちは「その花にちなんだ和歌でも詠んでいってくださいな」と、道信に言っているのです。
そんなことを言われるのは、道信は百も承知です。
即座に、次の和歌の上の句(五七五)を詠み上げます。
くちなしに ちしほやちしほ 染めてけり
通釈
これは、くちなし色に何度も何度も染め上げた花なのですよ。
以前の記事でも申し上げましたが、「くちなし」は和歌によく用いられる言葉で、「口無し」とも表現できることから、「口には出さない」、転じて「心に秘めている」という裏の意味を持つようになりました。
つまり、道信はこの和歌に、
という、もう一つの意味を盛り込んでいるのです。
エリート貴公子の口からこんな言葉が漏れてくるわけですから、若い女房たちはみんな色めき立ったでしょうね。
現代の感覚で言えば、ジャニーズに歓声をあげる女子高生のキャーという黄色い声が聞こえそうです。
しかし、上の句が詠み込まれたからには、その上の句の趣向にふさわしい下の句(七七)を付けなければなりません。
これを「連歌」と言いました。
今度は女房たちの番です。
「くちなしに ちしほやちしほ 染めてけり」にふさわしい下の句!
女房たちは互いに顔を見合わせ、当惑してしまいます。
すると、奥にいた彰子は、その側近くに伺候していた伊勢大輔に向かって、「お前がお答えしなさい」と下命します。
わずか二間(=約3.6メートル)を膝行(=膝で進むこと)するうちに、大輔は下の句を思いつきます。
えもいはぬ 花の色かな
通釈
これは何とも言えないくらい素晴らしい花の色ですこと。
「えもいはぬ」には、「〜できない」という意味になる慣用表現「え〜打消」が用いられています。
つまり、「えもいはぬ」は「言うことができない」と訳すことができ、道信の上の句の「くちなし」(=口には出さない・心に秘めた)の部分と対応しています。
この花には、口には出せない、心に秘めた思いを込めてあるのですよ。
だからこそ、何とも言えないくらい素晴らしい花の色なのですね。
大輔は、命が下ってからわずか2〜3秒のうちに、この当意即妙な下の句を考え付いたわけです。
まさに天才と言わざるを得ません。
この逸話には後日談があります。
このときの話を、彰子は芸術好きの一条天皇に話します。
一条天皇は、「大輔がいなかったら恥をかいていたことだな」とおっしゃって、大輔を賞賛したことが伝わっています。
最後に
大輔は天才には違いないでしょうが、このように毎回当意即妙な和歌を提示できるようになるには、それ相応の準備をしていたはずです。
有名な歌人ともなると、和歌の教科書とされていた『古今和歌集』を丸暗記したとも言われています。
それくらいの努力と素養があって、初めて成し遂げられることなのでしょう。
チャンスはいつ巡ってくるか分かりません。
そのときのために、伊勢大輔を見習って日夜準備に励みたいものです。
歴史に残る人物には、やはりそれなりの逸話があるものですよね。
ぜひみなさんも、ここぞというときは勝負に出てみてはどうでしょうか。
心理学では、挑戦して失敗したことによる後悔より、挑戦しないで終わったことによる後悔の方が心の傷は深いと言います。
一度しかない人生、大きく生きてみませんか。
Sky is the limit‼
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