【1日5分】あらすじ三国志60「献帝、洛陽に帰る」|大泉洋主演『新解釈・三國志』応援企画!

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三国志
大学で中国文学を学び、長年国語の教員を勤めてきた経験を活かして、分かりやすく、簡潔に、それでいて深イイ三国志のあらすじ紹介を行っていきたいと思います! 『三国志』に興味はあるけど小説を読んだりドラマを見たりする時間はない、でも簡単なあらすじだけではもの足りない・・・。 そんな方にはぴったりです!

 

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徐晃、李楽を討つ

太僕たいぼく(=車馬を管轄する官吏。)韓融かんゆうの説得によって、李傕りかく郭汜かくしは兵を退いた。

 

しかし、その実、万余を超える兵馬にまかなうだけの兵糧が尽きての撤退であった。

 

二年前の蝗害こうがい(=いなごによる被害。)に端を発する大飢饉だいききんによって、中国北部は深刻な食糧難に襲われていた。

 

七月(=旧暦の7月。今のこよみでは秋に当たる。)、収穫の季節になった。

 

しかし、こうべを垂れない稲穂が田畑に立ち並ぶ様子を見て、百姓はみな悲嘆に暮れるだけであった。

 

仮御所を置いた安邑あんゆう(=現在の山西さんせい省南部。司隷しれい司州ししゅう)東部。洛陽のすぐ西に位置する。記事下の地図参照。)でも食糧事情は厳しかった。

 

木の実や野草を煮て食った。

それさえ枯れてくれば、草の根や虫を食べなければならない。

 

それを思うと、侍従たちは献帝に対して心苦しくなるのだった。

 

しばらくすると、長安には南部からの年貢ねんぐが送られてくる。

 

そうなれば、再び活気付いた李傕らの襲来にも備えなければならない。

 

安邑の宮人みやびとや将兵は、今後のことを思うと暗澹あんたんたる気持ちになるばかりだった。

 

休戦しているこの隙に洛陽らくよう(=河南かなん省西部。司隷しれい司州ししゅう)東部。長安に遷都する前の都。)に帰り、頴川えいせん(=現在の河南省中部。豫州よしゅう西部。)の曹操そうそう冀州きしゅう(=現在の河北かほく省を中心とする地域。)の袁紹えんしょう南陽なんよう(=現在の河南省南陽市。荊州けいしゅう北部。)の袁術えんじゅつら諸侯の助けを待つことこそ、最上の策であるように思われた。

 

しかし、李楽りがくにはこの道理が分からない。

 

安邑にいれば、最大勢力の自分がものを言う権利がある。

 

餓死するより、その権利を手放すのが嫌なのである。

 

楊奉ようほう董承とうしょう楊彪ようひょうは密議を繰り返した。

 

そしてある夜、李楽が近隣の村まで酒と女を探しに行っている間に、献帝けんてい一行は安邑を抜け出し、一路洛陽を目指したのであった。

 

天子てんし(=皇帝。)をお乗せした御車ぎょしゃを伴っての行軍こうぐん遅々ちちとして進まない。

 

安邑と洛陽までは馬で丸一日、徒歩かちでは三日かかる。

 

いずれ、どこかで李楽の軍に背後を襲われる可能性が高い。

 

楊奉は徐晃じょこう殿しんがりの任を与え、肩をぽんと叩いて言うのだった。

 

日頃の目に余る李楽の態度には、お前も腹を据えかねておろう。

今日はその堪忍袋かんにんぶくろを切って良いぞ。

 

そして、李楽を討伐する算段について、楊奉は徐晃に耳打ちをするのだった。

 

挿入画像

高希希監督『Three Kingdoms』の徐晃

 

徐晃は後軍こうぐんに退き、洛陽に向けて進軍しながらも李楽軍の到着を今か今かと待ち構えていた。

 

あんじょう、二日目の夜、二更にこう(=の刻。夜の10時ごろ。)を過ぎた頃、李楽は現れた。

 

徐晃はこの時を待っていた。

 

ここから先は王の道である!

けだものの通れる道ではない!

 

徐晃は李楽を挑発し、その行手をふさいだ。

 

なに?

獣だと!

この青二才あおにさいめが!

 

徐晃の力をの当たりにしたことのない李楽は油断していた。

 

槍を振り回し、猪突猛進ちょとつもうしん、徐晃に向かって来たのである。

 

二十ごう、三十合と激しくぶつかり、れ合うはがねの音が夜の静寂をつんざいた。

 

徐晃は余裕の手捌てさばきと表情で李楽の槍をわすので、李楽は面白くない。

 

俄然がぜん躍起やっきになって槍を繰り出してくる。

 

それが五十合に達した頃、李楽の背後に待機している白波軍はくはぐんの左右から、突然徐晃の兵が迫って来た。

 

覚悟せよ!

 

徐晃が軽々と大斧を振り下ろすと、李楽の首は一刀のもとに吹き飛んでしまった。

 

李楽を失った兵士たちは徐晃の勇猛に恐れおののき、またすでに四方を包囲されているために逃亡することもできない。

 

これによって、徐晃は無傷で白波軍の兵士を旗下きかに取り込むことができたのであった。

 

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献帝、洛陽に帰る

全ては楊奉の計画通りであった。

 

陛下、徐晃が李楽を討ち取りましてございます!

 

楊奉はすぐさまその戦果を献帝にお伝えしたが、ねぎらいのお言葉をおかけになったものの、その龍顔りゅうがんに笑みはなかった。

 

始終、命の危険と隣り合わせの逃避行であった。

 

禍福かふくあざなえる縄のごとし。

(=災いや幸福というものは、り合わせた(何本かのひもねじり合わせて一本にする)縄のように、交互にやってくること。)

 

救われては絶体絶命の危機におちいる、その繰り返しであった。

 

「李楽死す」の報を聞いても、献帝が心からお喜びになれないのも無理はなかった。

 

献帝も皇后も、付き従う侍従も将兵もみな憔悴しょうすいし切っていた。

 

しかし、安邑の仮御所を出立してから四日目の正午。

 

建安けんあん元(196)年7月、献帝は5年の時を経て、ようやく洛陽に帰還したのであった。

 

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高希希監督『Three Kingdoms』の荒廃した洛陽

 

董卓によって焼失した旧都は、反董卓連合軍による復旧工事が行われたものの、半ばにして諸侯が次々と自国に撤退したために、見るも無惨な状態となっていた。

 

献帝は荒廃を極めた洛陽の姿に愕然がくぜんとなさったが、かつてお住みになっていた皇宮が近づくと、さすがに胸が弾んでおられるご様子であった。

 

そして、5年ぶりに玉座におつきになった時、万感ばんかんの思いが込み上げて来て、何度もおそでで涙をぬぐわれるのであった。

 

万歳ばんざい、万歳、万々歳ばんばんざい

 

宮人の口からは自然に、「万歳」の言葉があふれ出た。

 

ここまで献帝を中心的に支えて来た楊奉、董承、楊彪の三者も感極まり、互いに健闘を称え合いながら落涙し、いつまでも肩を抱き合うのであった。

 

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西暦 出来事 年齢
劉備 孔明 曹操 孫策 袁紹 董卓 呂布
前202 劉邦が項羽を滅ぼす。漢王朝誕生。
前157 景帝が漢の皇帝に即位する。
168 霊帝が漢の皇帝に即位する。 7 13 14 30 7
181 何氏が霊帝の皇后となる。 20 26 6 27 43 20
184 黄巾の乱が起こるも、同年鎮圧。 23 3 29 9 30 46 23
189.5 霊帝が崩御し、少帝が即位する。 28 8 34 14 35 51 28
189.9 少帝が廃位され、献帝が即位する。 28 8 34 14 35 51 28
190.1 反董卓連合軍が結成される。 29 9 35 15 36 52 29
190.2 董卓、都を長安に遷す。 29 9 35 15 36 52 29
192 董卓、暗殺される。 31 11 37 17 38 54 31
193 曹操、徐州に侵攻する。 32 12 38 18 39    32
194 劉備、徐州を領する。 33 13 39 19 40   33
196.7 献帝、洛陽に帰還する。 35 15 41 21 42   35

 

以上のあらすじは、主に吉川英治よしかわえいじ『三国志』、陳舜臣ちんしゅんしん『秘本三国志』『小説十八史略』、横山光輝よこやまみつてる『三国志』、王扶林監督『三国志演義』、高希希監督『Three Kingdoms』などをベースにしています。そのため、羅貫中らかんちゅうの『三国志演義』や陳寿ちんじゅの『正史三国志』とは内容が異なり、少なからず脚色が含まれることがあります。あらかじめ、ご了承下さい。

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