【1日5分】あらすじ三国志53「劉備、太守の印綬を譲る」|大泉洋主演『新解釈・三國志』応援企画!

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三国志
大学で中国文学を学び、長年国語の教員を勤めてきた経験を活かして、分かりやすく、簡潔に、それでいて深イイ三国志のあらすじ紹介を行っていきたいと思います! 『三国志』に興味はあるけど小説を読んだりドラマを見たりする時間はない、でも簡単なあらすじだけではもの足りない・・・。 そんな方にはぴったりです!

 

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劉備、太守の印綬を譲る

曹操そうそう兗州えんしゅう(=現在の河南かなん省。記事下の地図参照。)を奪還され、行き場を失った呂布りょふは、参謀陳宮ちんきゅうの進言をれ、一路劉備りゅうびが治める徐州じょしゅうに向かっていた。

 

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高希希監督『Three Kingdoms』の、左から陳宮と呂布

 

劉備は関羽かんう張飛ちょうひを連れ、徐州城外30里先まで足を伸ばして呂布を出迎えた。

 

劉備の姿をその目に捉えると、呂布は感激して赤兎馬せきとばから降り、劉備に拝礼した。

 

奉先ほうせん(=呂布のあざな。)殿、お待ち申しておりました。

稀代の英雄にお目にかかれて、この劉備、感に堪えません。

遠路、お疲れのことと存じます。

酒宴の用意をしておりますので、どうか当地でおくつろぎください。

 

呂布は劉備の手を取り、「玄徳げんとく(=劉備の字。)殿、感謝する。この恩は一生忘れぬぞ」と言って、劉備とくつわ(=馬の口に取り付ける馬具。)を並べて徐州城まで駒を進めた。

 

そして、呂布は兵士を城下に駐屯させ、徐州城に入城した。

 

酒宴では、呂布はしたたかに酔っ払った。

 

兗州を奪還されてからというもの、曹操の追撃や袁紹えんしょうの奇襲に備えて酒を絶っていた。

 

と言うよりは、陳宮に止められていたと言った方が正しい。

 

気は張り詰め、逃亡兵が続出する中での行軍は、日に日に全軍の英気をいでいった。

 

だから、呂布にとってはほぼ一月ひとつきぶりの安息であった。

 

城壁のうちにいだかれた呂布は饒舌じょうぜつだった。

 

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高希希監督『Three Kingdoms』の、右手前から劉備、呂布、陳宮

 

玄徳殿、誰もが倒せずに歯がみしていた董卓とうたくを討ったのは誰だったか?

それは、この呂布だ。

人中じんちゅうに呂布あり、馬中ばちゅうに赤兎あり。

この言葉を聞いたことがあろう。

李傕りかく郭汜かくしの突然の謀反むほんによって流浪るろうを余儀なくされ、田氏でんしの裏切りによって曹操には兗州を奪還されたが、わしはいくさで敗れたのではない。

ただ計略にはまっただけだ。

わしは天下無敵。

そして、そなたには寛容な心がおありだ。

そなたが城を守って民をいつくしみ、この呂布が敵を蹴散らす。

この徐州を拠点にして、ともに天下を狙わぬか?

 

劉備は何も答えなかった。

 

しかし、ゆっくり立ち上がってたもとから四寸四方のはこを取り出すと、うやうやしくそれを呂布に差し出した。

 

関羽と張飛は目を丸くした。

 

それは、徐州太守の印綬が入った函だったからだ。

 

私は陶謙とうけん殿より、一時いっときこの徐州をお預かりしておりましたが、どうぞ英雄である呂布殿がこの徐州をお治めください。

 

呂布は唖然あぜんとした。

 

知謀の人陳宮でさえ、この劉備の行動には意表を突かれた。

 

しかし、すぐに咳払せきばらいを一つして、「では、遠慮なく」と言って受け取ってしまいかねない呂布を牽制けんせいした。

 

また、劉備の背後には、「その印綬を受け取ろうものなら斬って捨てるぞ」と言わんばかりの形相ぎょうそうで、すっくと関羽と張飛が立ち上がっていたので、呂布はようやく我に返った。

 

玄徳殿は、まさに噂通りの人徳のお方である。

流浪の身であった私を諸侯は誰も助けなかった。

しかし、玄徳殿は助けるだけではなく、太守の印まで授けようとなさる。

いや、私はしばらくの安息を得られただけで十分です。

その印は、玄徳殿がお持ちください。

 

呂布の言葉に安堵した陳宮も劉備に礼を述べ、その話はそれまでとなった。

 

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賢弟劉備

呂布は国賓こくひんとしてもてなされ、しばらくの間、徐州城内の客舎に逗留とうりゅうすることになった。

 

数日後、日頃の歓待の礼にと、今度は呂布が宴を催し、劉備ら三兄弟を招いた。

 

この日も呂布はよく喋った。

 

それにしても玄徳殿は運が良い。

わしが曹操の留守をついて兗州を攻めたおかげで、曹操は徐州から撤退し、玄徳殿はその功によって太守の座に座っていられるのだからな。

 

度々たびたび、陳宮が呂布に目配せして自重を促したが、ヘリくだりの姿勢を貫く劉備を、呂布は見下し始めた。

 

饗宴きょうえんの前にも、「劉備は底知れぬ野心を持ち、絶えずそなたを試しておる」と陳宮は呂布をいましめたが、それでも呂布の傲慢ごうまんな弁舌は鳴り止まない。

 

自分は洛陽らくよう天子てんし(=皇帝。)の側近くにいたから、天子に対する接し方や朝廷の儀礼に詳しいとか、公卿こうけい大臣だいじんにも顔がくとか、幽州ゆうしゅう(=現在の河北かほく省。)の地方出身である劉備への当てこすりとも取れる発言が続いた。

 

陳宮は「度が過ぎますぞ」と、度々呂布をいさめた(=目上の者の誤りを指摘して改善を促すこと。)。

 

関羽や張飛からは殺気がみなぎり、とりわけ張飛は、いつ剣のつかに手をかけるかという状態だった。

 

劉備はアルカイックスマイルと言えば良いか、口元にかすかに微笑をたたえ、呂布の言葉を軽くうなずきながら聞いていた。

 

その節はわしがそなたを助け、此度このたびはそなたがわしを救ってくれた。

きっと「賢弟けんてい」とは深い縁があるのだろうなあ。

わしと「賢弟」、この二人なら、天下に覇を唱えることも夢ではないぞ。

 

呂布はそう言って大笑したが、その瞬間、まなじりが裂けんばかりに開いた張飛は抜刀ばっとうして呂布に斬り掛かろうとした。

 

賢弟だと。

貴様、おれや関羽兄貴のご主君であり長兄であるお方を、「弟」と言ったな。

兄者は漢の皇孫。

貴様とは格が違う。

今度、そのようなことを言ってみろ。

叩き斬ってやる!

 

張飛の隣にいた関羽は「いい加減にしろ」と張飛をなだめた。

 

普段の張飛を知る者にとってみたら、酒が入った張飛がこれくらいの粗相そそうをするのは、興にって詩を吟じ出すようなものと感じるが、そうとは知らない呂布はたちまち色を失ってしまった。

 

それから、宴席はしらけにしらけた。

 

劉備や呂布は、天下の趨勢すうせいを語り合うという、なんとも酒の席には似つかわしくない話題に終始していた。

 

そこへ、一人の美女がすらりと宴席に現れた。

 

透き通るような肌に、妖艶ようえんたたずまい。

 

琴のに合わせた、清々すがすがしい歌声。

 

柳の葉が揺れるようなしなやかな舞。

 

その歌声には哀切あいせつが含まれ、聴く者の涙をたやすく誘った。

 

それは、天下に知れ渡っていた絶世の美女貂蟬ちょうせんであった。

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高希希監督『Three Kingdoms』の貂蝉

 

どうだ、玄徳殿、貂蟬の舞は?

 

呂布は杯を持ったまま、誇らしそうに劉備に尋ねた。

 

これほど美しい女性を、私は初めて拝見しました。

また、歌も舞も実に素晴らしい。

奉先殿が誠に羨ましい。

 

「そうであろう!」と呂布は再び上機嫌になり、劉備の杯に酒をがせた。

 

貂蟬の機転によって、劉備は呂布と、関羽は陳宮と古今様々なことについての話に及んだ。

 

いずれも後世こうせい名を残すことになる英雄である。

 

本来、話が弾まないはずがない。

 

張飛はそれを不承知な様子で眺めては、手酌てじゃくで酒をぎ、次々にそれを体内に流し込んでいった。

 

しばらくして、「よいも深くなってきたので」と言って、劉備は立ち上がった。

 

呂布も客舎の門まで見送りに来た。

 

終わってみれば、酒宴は非常に愉快なものになった。

 

すると、「おい!」と怒鳴る声があった。

 

乾いた夜空に、その声は響き渡った。

 

先につむじを曲げながら出て行った張飛が、蛇矛じゃほこ・じゃぼうを片手に馬に乗って呂布を待ち構えていたのであった。

 

この星空の下でおれと三百ごう打ち合え!

それで無事なら、今日のところは許してやる!

 

張飛は蛇矛の矛先を呂布に向け、「さあ」と怒鳴った。

 

「張飛、やめよ!」と、今度は劉備が一喝した。

 

それでも興奮が収まらない張飛は、「こんな奴を招き入れて、いつか後悔するぜ!」と吐き捨てるように言った。

 

関羽も張飛の馬の轡をつかんで、「分かった分かった」と闇の中に消えて行った。

 

翌日、呂布が劉備のもとを訪れ、暇乞いとまごいをした。

 

玄徳殿のご舎弟はこの呂布がお好きではないようだ。

これ以上、玄徳殿にご迷惑をおかけすることはできません。

 

しかし、劉備は「お待ち下さい」と言って呂布に張飛の無礼を陳謝した。

 

あれは酒が入ると興奮してしまって、いつも誰彼構わず突っかかってしまうのです。

しかし、悪気はありません。

付き合ってみればすぐに打ち解けます。

せっかくお頼りいただいたのに、こんなにも早々に去られるとあっては、私も心苦しい。

とは言え、このまま奉先殿に不愉快な思いをさせてしまっては面目がない。

どうか州境にある小沛しょうはいの城に駐屯なさってください。

 

こうして、呂布はもともと劉備がその居城としていた小沛に移ることになった

 

しかし、このことが、後々劉備に数々の波乱を巻き起こすことになるのだった。

 

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西暦 出来事 年齢
劉備 孔明 曹操 孫策 袁紹 董卓 呂布
前202 劉邦が項羽を滅ぼす。漢王朝誕生。
前157 景帝が漢の皇帝に即位する。
168 霊帝が漢の皇帝に即位する。 7 13 14 30 7
181 何氏が霊帝の皇后となる。 20 26 6 27 43 20
184 黄巾の乱が起こるも、同年鎮圧。 23 3 29 9 30 46 23
189.5 霊帝が崩御し、少帝が即位する。 28 8 34 14 35 51 28
189.9 少帝が廃位され、献帝が即位する。 28 8 34 14 35 51 28
190.1 反董卓連合軍が結成される。 29 9 35 15 36 52 29
190.2 董卓、都を長安に遷す。 29 9 35 15 36 52 29
192 董卓、暗殺される。 31 11 37 17 38 54 31
193 曹操、徐州に侵攻する。 32 12 38 18 39    32
194 劉備、徐州を領する。 33 13 39 19 40   33

 

以上のあらすじは、主に吉川英治よしかわえいじ『三国志』、陳舜臣ちんしゅんしん『秘本三国志』『小説十八史略』、横山光輝よこやまみつてる『三国志』、王扶林監督『三国志演義』、高希希監督『Three Kingdoms』などをベースにしています。そのため、羅貫中らかんちゅうの『三国志演義』や陳寿ちんじゅの『正史三国志』とは内容が異なり、少なからず脚色が含まれることがあります。あらかじめ、ご了承下さい。

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