【1日5分】あらすじ三国志34「孫堅の死」|大泉洋主演『新解釈・三國志』応援企画!

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三国志
大学で中国文学を学び、長年国語の教員を勤めてきた経験を活かして、分かりやすく、簡潔に、それでいて深イイ三国志のあらすじ紹介を行っていきたいと思います! 『三国志』に興味はあるけど小説を読んだりドラマを見たりする時間はない、でも簡単なあらすじだけではもの足りない・・・。 そんな方にはぴったりです!

 

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将星堕ちる

襄陽じょうよう(=現在の湖南こなん省。荊州けいしゅう北部。記事下の地図参照。)攻略のために、なるべく兵を温存しておきたいと考えた孫堅そんけんは、敵の要塞ようさいに七日七晩空船からぶねを侵入させるという奇計を用いて、黄祖こうその軍を破りました。

 

劉表りゅうひょうは敗戦の報にあせりを募らせ、早速軍議を開きました。

 

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高希希監督『Three Kingdoms』の劉表

 

劉表の参謀蒯良かいりょうは、すぐに冀州きしゅう(=現在の河北かほく省を中心とする地域。袁紹と劉表はよしみがあった。)の袁紹えんしょうに救援を要請し、南北から孫堅を挟撃きょうげきするべきだと主張しました。

 

しかし、将軍蔡瑁さいぼうは「救援など無用、私が行って孫堅を蹴散けちらしてご覧に入れよう」と宣言し、1万余りの騎兵で孫堅軍を攻撃するのでした。

 

ところが、孫堅軍の勢いはすこぶる盛ん。

 

蔡瑁は兵のほとんどを失い、敢えなく孫堅軍に撃退されてしまったのです。

 

蒯良は軍規にのっとって蔡瑁を処刑するべきだと主張しますが、蔡瑁は劉表の寵姫ちょうき蔡夫人さいふじんの弟。

 

結局、その罪は許されるのでした。

 

襄陽の城は四方にそびえるけわしい山と、前面を流れる河川が天然の要害となり、攻め手が限定されるため、難攻不落の城とされていました。

 

ここに来て、連戦連勝の孫堅軍もようやく苦戦を強いられるのでした。

 

ある日、襄陽一帯に旋風つむじかぜが吹いて、孫堅軍の「すい」ののぼり(=大将が率いる軍であることを示す証。)のが折れるという出来事がありました。

 

また、時を同じくして、孫堅が陣を構える方角に流星がちたのでした。

 

不吉なことが重なり、それに遠征の疲労があいまって、孫堅軍では兵士の士気が急落するのでした。

 

これを好機と捉えた蒯良は、劉表に一計を献じます。

 

今晩500の兵を出撃させて孫堅軍の包囲を突破し、冀州きしゅうの方角にある峴山けんざんに向かわせます。

袁紹に救援を求めに行くと見せかけるのです。

孫堅は、我が軍に袁紹の援軍が加わり、はさみ撃ちされるのを最も恐れているはず。

包囲が突破されれば孫堅は慌てふためき、すぐに峴山に向かった我が軍の殲滅せんめつに動くでしょう。

その時、峴山に向かった500の兵を険道けんどうに忍ばせ、追手が通過すると同時に左右から矢の集中攻撃を浴びせかけるのです。

将軍の首一つはたやすく取れるでしょう。

これによって孫堅軍の追手は足止めされ、袁紹のもとへの救援要請も叶いましょう。

 

蒯良の献策を聞いた劉表の顔に喜色きしょくよみがえります。

 

劉表は将軍呂公りょこうに命じ、蒯良の作戦を実行に移させたのでした。

 

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孫堅の死

よいの最も深い頃、呂公率いる500の兵は襄陽城を出撃しました。

 

前軍に鉄騎てっき兵、後軍こうぐんには馬弓手ばきゅうしゅ隊を配し、呂公は見事孫堅軍の包囲を突破し、峴山を目指します。

 

孫堅は慌てました。

 

劉表の兵は北東へ向かっておる。

冀州に援軍を求めに行かんとしているのは明明白白だ。

袁紹の援軍が来たら、我が軍ははさみ撃ちになるぞ。

者ども、峴山に侵入した荊州けいしゅう兵を一兵残らず皆殺しにするのだ!

 

そう言って、孫堅は自ら先頭に立って出撃しようとします。

 

程普ていふが慌てていさめ(=目上の者の誤りを指摘して改善を促すこと。)ます。

 

ご主君、怪しうございます。

袁紹に救援を求めに行くのに、これだけ堂々と出撃するでしょうか。

何か裏があるように存じます。

 

孫堅はもどかしそうに、手綱たづなを握りしめたまま程普を振り返ります。

 

程普よ、それだけ劉表はあせっているのだ。

事は急を要する。

お前は部隊を編成し、後から付いて参れ。

 

孫堅はそう言い残して、一目散に峴山の険道を駆け上るのでした。

 

峴山のいただきでは、呂公がその様子を見守っています。

 

二十騎、三十騎と、孫堅の騎兵は峴山を登って来ます。

 

呂公はニヤリとしました。

 

かかった!

者ども、放て!

 

呂公の掛け声とともに、険道を進む孫堅たちの頭上に、無数の矢や岩石が雨霰あめあられごとく降り注ぎました。

 

全滅でした。

 

孫堅の体には、あっという間に無数の矢が突き刺さり、即死の状態でした。

 

享年きょうねん37歳。

 

あまりにも若すぎる最期さいご江東こうとうの巨星はこころざしなかばにしてちたのでした。

 

呂公は初め、討ち取った敵将が誰かを知りませんでした。

 

しかし、近づいてみると、なんとそれは孫堅の亡骸なきがらだったので、「やや、これは孫堅だ!」と驚きをあらわにしました。

 

孫堅、討ち取ったり!

孫堅、討ち取ったり!

 

呂公の兵たちの勝鬨かちどき(=勝利を祝して挙げる掛け声。)が、朝方の峴山に響きます。

 

後から進軍して来た程普と孫策そんさくは色を失いました。

 

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高希希監督『Three Kingdoms』の孫策

 

そのうち、襄陽城からは劉表の兵がうなりを挙げて突撃して来ます。

 

孫堅の陣屋はみるみるうちに荊州兵に蹂躙じゅうりんされていくのでした。

 

程普は孫策をかばいながら、本営には戻らずに黄蓋こうがいが待機している漢江かんこう要塞ようさいに直接向かいます。

 

峴山より下って来た呂公は孫策の姿に気づき、「やや、あれは孫策だ!」と言って突進して来ます。

 

親子二代に渡ってこの呂公が始末してくれよう!

 

これを聞いた孫策のまなじりは裂けんばかりに開き、「おのれ、父のかたき!」と矢をつがえて呂公に放ちました。

 

矢は呂公の頭部に突き刺さり、孫堅討伐の戦功むなしく、呂公は絶命してしまうのでした。

 

漢水で待機していた黄蓋にも「孫堅討たれる」の報が伝えられます。

 

黄蓋は船上に待機させていた兵士を上陸させ、「ご主君の恨み!」と漢江に迫りくる劉表の兵を撃退します。

 

その際、とう城から撃って出た黄祖こうそを生け捕り、捕虜ほりょとするのでした。

 

漢江に着いた孫策は、峴山に倒れた孫堅の亡骸を探させますが、遺体はすでに劉表の軍によって収容された後でした。

 

そのため、劉表とよしみがあった軍吏ぐんり桓楷かんかいを襄陽に派遣し、捕虜黄祖と孫堅の亡骸との交換を申し出ます。

 

劉表はもとより荊州の安泰以外、望んではいません。

 

大敗をきっし、わずか17歳の孫策が引き継いだ江東に、もはや荊州を攻める余力はないと考えた劉表は、捕虜となっていた黄祖と孫堅の亡骸との交換に応じたばかりか、参謀蒯良の反対を押し切って休戦協定にも締結し、江東に恩を売るのでした。

 

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西暦 出来事 年齢
劉備 孔明 曹操 孫堅 袁紹 董卓 呂布
前202 劉邦が項羽を滅ぼす。漢王朝誕生。
前157 景帝が漢の皇帝に即位する。
168 霊帝が漢の皇帝に即位する。 7 13 13 14 30 7
181 何氏が霊帝の皇后となる。 20 26 26 27 43 20
184 黄巾の乱が起こるも、同年鎮圧。 23 3 29 29 30 46 23
189.5 霊帝が崩御し、少帝が即位する。 28 8 34 34 35 51 28
189.9 少帝が廃位され、献帝が即位する。 28 8 34 34 35 51 28
190.1 反董卓連合軍が結成される。 29 9 35 35 36 52 29
190.2 董卓、都を長安に遷す。 29 9 35 35 36 52 29

 

以上のあらすじは、主に吉川英治よしかわえいじ『三国志』、陳舜臣ちんしゅんしん『秘本三国志』『小説十八史略』、横山光輝よこやまみつてる『三国志』、王扶林監督『三国志演義』、高希希監督『Three Kingdoms』などをベースにしています。そのため、羅貫中らかんちゅうの『三国志演義』や陳寿ちんじゅの『正史三国志』とは内容が異なり、少なからず脚色が含まれることがあります。あらかじめ、ご了承下さい。

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