【1日5分】あらすじ三国志33「孫堅、空船を浮かべる」|大泉洋主演『新解釈・三國志』応援企画!

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三国志
大学で中国文学を学び、長年国語の教員を勤めてきた経験を活かして、分かりやすく、簡潔に、それでいて深イイ三国志のあらすじ紹介を行っていきたいと思います! 『三国志』に興味はあるけど小説を読んだりドラマを見たりする時間はない、でも簡単なあらすじだけではもの足りない・・・。 そんな方にはぴったりです!

 

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孫権、父を諫める

孫堅そんけんは天下に覇を唱えるべく、中原ちゅうげん(=黄河中下流域。中国の中心。)進出への足掛かりとなる荊州けいしゅう(=現在の湖北こほく省南部。記事下の地図参照。)の劉表りゅうひょうを攻める決断をしました。

 

出陣の前日、孫堅の弟孫静そんせいが訪ねてきました。

 

孫堅の息子である孫策そんさく(=あざな伯符はくふ。孫堅の長男。17歳。)、孫権そんけん(=字は仲謀ちゅうぼう。同次男。10歳。)、孫翊そんしょう(=同三男。)、孫匡そんきょう(=同四男。)を伴ってです。

 

兄上をいさめ(=目上の者の誤りを指摘して改善を促すこと。)に参りました。

この度の出兵には義がありませぬ。

大義のないいくさは必ず破れます。

このお子たちの安泰のためにも、どうかご再考を。

これは奥方呉夫人ごふじんのご依頼でもあります。

 

孫静が言い終わるやいなや、孫堅は孫静を怒鳴りつけて言いました。

 

おんな子どものことを考えて、出兵の前日に国の大事を左右したりせぬわ。

劉表は何かにつけて、我が江東こうとうきばいてきた。

孫静よ、私がいつまでも健在と思うな。

わしがいなくなった後に荊州兵(=劉表の軍隊。)が攻めてきたら、いかに対処をするつもりなのか。

 

そう言うと、「恐れながら」と次男孫権が歩み出て言いました。

 

父上はお亡くなりにはなりません。

いつまでもご健在でございます。

父上のお心の中には江東のことだけではなく、天下のことがあるのではありませんか?

伝国璽でんこくじ(=歴代の帝王が継承して来た伝国の印綬いんじゅ。)を手に入れて以来、お父上は変わられてしまいました。

その昔、伝国璽を手に入れたは、しんによって滅ぼされました。

そして、その秦は漢によって滅ぼされ、その漢の命運もいまや風前のともしびでございます。

どうか伝国璽をお捨てになって、今しばらく江東の富国強兵にご尽力ください。

 

挿入画像

高希希監督『Three Kingdoms』の孫権

 

孫堅はぎょっとしました。

 

いつの間に、この子は・・・

 

まだ年端としはもゆかぬ孫権の言葉に、孫堅は頼もしさを感じるとともに、おかしさもまた感じるのでした。

 

孫堅は孫権を膝の上に座らせ、孫権の頭をでながら言いました。

 

どうやら張昭ちょうしょう(=字は張承ちょうしょう。孫堅の腹心の一人。内政の長。)にしごかれているようだな。

お前の知謀は天賦てんぷの才だ。

お前の言葉、この父はきもめいじよう。

後々のちのちはしっかり策(=孫策。)を助け、この江東を守り抜くのだ。

よいな?

 

孫権は父の目を見つめながらうなずきます。

 

この度のいくさは、江東の地盤固めには欠かせぬ大一番となろう。

攻めは最大の防御なり。

絶対に勝利するのだ!

 

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孫堅、空船を浮かべる

翌日、孫堅は劉表のいる襄陽じょうよう(=現在の湖南こなん省。荊州北部。)攻略を目指し、第一の防御線となる江夏こうか漢江かんこうに向けて軍船を進めました。

 

漢江にはすでに劉表軍の要塞ようさいが築かれ、劉表の寵臣ちょうしん黄祖こうそが待ち受けています。

 

まず孫堅は、黄祖を攻める振りをして軍船を進め、要塞の様子を探りました。

 

すると、すぐに黄祖の軍船が出撃し、矢を射かけて応戦します。

 

川岸に近づくや、今度は鉄騎てっき兵が駆けつけて来るなど、まともに攻めれば相当の兵の損耗そんもうが予想されるのでした。

 

そこで、孫堅は一計を案じます。

 

その夜、孫堅は襄陽の要塞に幾艘いくそうかの軍船を侵入させました。

 

黄祖はこれに気づくと、すぐに軍船を繰り出して例によって矢を射掛けます。

 

黄祖が孫堅の軍船を制圧してみると、中には誰も乗っておらず、幾本かの松明たいまつともされているだけでした。

 

次の日も同じように、孫堅は無人の軍船を要塞に向けて侵入させました。

 

黄祖は再度奇襲を疑い、また軍船を急行させて矢を射掛けます。

 

しかし、前日と同じく、軍船にはまた誰も乗船しておらず、松明が船の各所に装着されているだけでした。

 

次の日も、そのまた次の日も、要塞には空船からぶねが向かって来ます。

 

「今度も無人であろう」と黄祖は思いますが、しかし撃って出ないわけにはいかず、毎夜出撃して矢を射掛けます。

 

しかし、あんじょう、軍船には誰も乗ってはいなかったのでした。

 

そんなことが、七日七晩続きました。

 

そのうち、黄祖の軍には疲労の色が見え始め、水上戦には欠かせない矢も不足しだしました。

 

8日目の夜のことでした。

 

また、襄陽の要塞には孫堅の軍船がやって来ます。

 

黄祖の兵は明らかに油断をしていました。

 

黄祖も矢を無駄にはできないと思い、攻撃命令を出すのを躊躇ちゅうちょしていました。

 

その時、孫堅の軍船から無数の人影が現れ、「かかれ!」と大喝だいかつしたかと思うと軍船からは火矢が放たれ、疲労困憊こんぱいと油断に包まれた黄祖の軍を大混乱におとしいれたのでした。

 

この孫堅の奇計によって黄祖は大敗をきっし、要塞を制圧されてしまいます。

 

そして、自らはとう城に逃げ帰ってしまうのでした。

 

翌日、劉表の将軍張虎ちょうこ陳生ちんせいを両翼に、黄祖が要塞奪回のために孫堅を攻めました。

 

孫堅出てこい!

卑怯ひきょうな計略を用いおって。

今度は正々堂々、わしと手合わせせよ!

 

張虎が叫びます。

 

すると、馬を静かに歩ませ、孫堅の前に進み出る者がいました。

 

孫堅の将軍韓当かんとう(=あざな義公ぎこう。)です。

 

韓当は単騎で張虎の前に駆け出すと、「貴様ではご主君の相手は務まらぬわ!」と叫んでやりを繰り出します。

 

両者が槍を交えること三十余ごう

 

張虎は何度も韓当の槍に貫かれそうになります。

 

これを見た陳生が慌てて張虎に加勢すると、さすがの韓当も危険な状態になりました。

 

なんと卑怯な・・・

 

孫堅の傍らに控えていた孫策は怒り、従者から弓箭きゅうせんを奪うや、思い切り矢をつがえて陳生に放ちます。

 

矢は見事陳生の眉間みけんに突き刺さり、陳生は断末魔だんまつまの声とともに落馬して果てたのでした。

 

張虎は戦慄せんりつを覚え、馬を返して逃げ出しますが、背後を韓当に襲われ、敢えなく斬り殺されてしまいました。

 

黄祖軍は一瞬のうちに二将を失い、兵は激しく動揺し、もはやいくさどころではなくなってしまいました。

 

この様子を見た孫堅は全軍に突撃命令を発します。

 

黄祖は弓を捨て、馬を捨て、足軽あしがるまぎれてようやく鄧城に逃げ帰り、城門を固く閉ざしてしまうのでした。

 

連戦連勝。

 

孫堅は襄陽とは目と鼻の先にある漢水かんすいまで兵を進め、万が一に備えて漢江には黄蓋こうがい率いる水軍を待機させ、いよいよ劉表のいる襄陽攻略に乗り出すのでした。

 

挿入画像

西暦 出来事 年齢
劉備 孔明 曹操 孫堅 袁紹 董卓 呂布
前202 劉邦が項羽を滅ぼす。漢王朝誕生。
前157 景帝が漢の皇帝に即位する。
168 霊帝が漢の皇帝に即位する。 7 13 13 14 30 7
181 何氏が霊帝の皇后となる。 20 26 26 27 43 20
184 黄巾の乱が起こるも、同年鎮圧。 23 3 29 29 30 46 23
189.5 霊帝が崩御し、少帝が即位する。 28 8 34 34 35 51 28
189.9 少帝が廃位され、献帝が即位する。 28 8 34 34 35 51 28
190.1 反董卓連合軍が結成される。 29 9 35 35 36 52 29
190.2 董卓、都を長安に遷す。 29 9 35 35 36 52 29

 

以上のあらすじは、主に吉川英治よしかわえいじ『三国志』、陳舜臣ちんしゅんしん『秘本三国志』『小説十八史略』、横山光輝よこやまみつてる『三国志』、王扶林監督『三国志演義』、高希希監督『Three Kingdoms』などをベースにしています。そのため、羅貫中らかんちゅうの『三国志演義』や陳寿ちんじゅの『正史三国志』とは内容が異なり、少なからず脚色が含まれることがあります。あらかじめ、ご了承下さい。

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