【1日5分】あらすじ三国志3「劉備の決意」|大泉洋主演『新解釈・三國志』応援企画!

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三国志
大学で中国文学を学び、長年国語の教員を勤めてきた経験を活かして、分かりやすく、簡潔に、それでいて深イイ三国志のあらすじ紹介を行っていきたいと思います! 『三国志』に興味はあるけど小説を読んだりドラマを見たりする時間はない、でも簡単なあらすじだけではもの足りない・・・。 そんな方にはぴったりです!

 

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漢王朝の末裔、劉備

漢の第12代皇帝霊帝れいていの時代。

 

黄巾こうきんの乱が猛威を振るっていたころ、一人の青年が遊学からの帰途にありました。

 

彼の名は劉備りゅうび

 

あざな玄徳げんとくと言いました。

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高希希監督『Three Kingdoms』の劉備

 

字とは、成人した際につける呼び名のこと。

 

古来中国では、「名」はとても神聖なもので、親や君主など目上の者でもない限り、滅多めったに人を名では呼びませんでした。

 

ちなみに、名前が神聖なのは日本も同じです。

 

例えば、『万葉集』には雄略ゆうりゃく天皇御製ぎょせい(=天皇自ら製作なさった作品。)と伝わる「もよ み持ち」の歌がありますが、そこには男性が乙女の名を盛んに尋ねるフレーズが出てきます。

 

当時、女性の名を知ることができるのは、親か配偶者のみです。

 

つまり、名を尋ねるというのは、プロポーズをしているのと同じことになるのです。

 

それくらい、名前は、他人には簡単に知られてはならない、神聖なものだったわけです。

 

平安時代中期の二大女流作家である紫式部と清少納言。

 

この二人の正確な名前が伝わっていない主な理由もここにあります。

 

話を戻しましょう。

 

劉備は幽州ゆうしゅう涿郡たくぐん涿県たくけん(=河北省保定市。記事下の地図参照。)の出身で、15歳の時には同郷の学者盧植ろしょく儒学じゅがくと兵法を学びました。

 

そして、23歳となった劉備は、各地を旅して見聞を広げていたのです。

 

劉備は身のたけ七尺五寸(=173cm。)、腕が長く、耳が大きいのが特徴でした。

 

兵馬俑へいばようから出土した兵装の人形は、当時の兵士の等身大にかたどられたものとされていますが、どれも身長180センチを超えるものです。

 

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兵馬俑

 

従って、当時の成人男性の平均身長に比べると、劉備は若干低い背丈と言えるでしょう。

 

しかし、劉備は人を惹きつけるオーラを持っていました。

 

それもそのはず、この劉備は、漢の第6代皇帝景帝けいていの子、中山ちゅうざん靖王せいおう劉勝りゅうしょう末裔まつえいでした。

 

父を早くに亡くし、むしろを売って糊口ここうしのいでいましたが、土民とは到底思われない天子てんし(=皇帝。)の風格を持っていたのです。

 

ちなみに、漢の高祖こうそ(=初代皇帝。)であり、劉備の先祖となる劉邦りゅうほう龍顔りゅうがんの持ち主で、鼻が高く面長おもながで、よく人を惹きつける人物でしたが、この劉備も負けず劣らず、涿郡内外から人望と注目を集める存在でした。

 

喜怒哀楽を面に出さず、撃剣をたしなみ、遊侠ゆうきょうの者(=仁義をもって強者を退け、弱者を助けようとする気質の人)ともよく交わりを持ちました。

 

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劉備の決意

劉備は故郷の涿県に戻る最中、当時各地に跋扈ばっこしていた黄巾賊に拉致されます。

 

しかし、張飛ちょうひという身長八尺(=184cm)の大男に命を救われ、そのお礼にと、劉備は劉家に伝わる名刀を「母を養うだけの身分の私には分不相応ぶんふそうおう」と言って張飛に与えてしまいます。

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高希希監督『Three Kingdoms』の張飛

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同作品の劉備と張飛

 

劉備は母のために買い求めた小瓶に入った茶を携え、母の喜ぶ顔見たさに涿に急ぎます。

 

それは、劉備が2年の歳月をかけて貯めた金であがなったものでした。

 

親子が再会した次の日のことでした。

 

母は、劉備が伝家の名刀を腰に帯びていないことに気がつきます。

 

そして、慌ててその理由を問いただし、劉備から旅の道中の出来事を聞くと、躊躇ためらうことなく茶壺を川に放り投げてしまいました。

 

続け様に、何度も劉備を打ち据えながら次のように叱責しました。

 

貧しい身分に落ちぶれる間に、あなたは自分の本分を忘れてしまったのですか?

備よ、あなたは漢の中山靖王劉勝の末裔、いずれはこの国のために立ち上がる人物にならなければならないのに、その誇りと使命を忘れて、劉家の刀を譲ってしまうとは何事ですか?

ああ、私は我が子の育て方を間違えました。

そなたの父に、ご先祖様に、私はどのようにお詫びをすればよいでしょうか・・・

 

劉備は生活の中に埋没して、いつの間にか国の大事をおもんぱかることを忘れてしまっていたのです。

 

劉備は泣き崩れる母に言明げんめいします。

 

母上、安心してください。

母上のお言葉で、劉備は目が覚めました。

私の中に宿る皇家こうけの血は、今もしっかり脈を打っています。

私は今度の旅の道中で、黄巾賊による被害、民の苦しみを嫌というほど目の当たりにしてきました。

それもこれも、もとを辿れば大漢の腐敗に源流を発するものです。

私のはらは決まりました。

漢の復興のために、この劉備は決起いたします。

 

母はその言葉を聞いて、劉備を打ち据えたこと、茶壺を川へ投げ捨てたことを謝罪します。

 

そして、先祖に向かっていつまでも黙祷もくとうささげるのでした。

 

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西暦 出来事 年齢
劉備 孔明 曹操 孫堅 袁紹 董卓 呂布
前202 劉邦が項羽を滅ぼす。漢王朝誕生。
前157 景帝が漢の皇帝に即位する。
168 霊帝が漢の皇帝に即位する。 7 13 13 14 30 7
184 黄巾の乱が起こる。 23 3 29 29 30 46 23

 

以上のあらすじは、主に吉川英治よしかわえいじ『三国志』、陳舜臣ちんしゅんしん『秘本三国志』『小説十八史略』、横山光輝よこやまみつてる『三国志』、王扶林監督『三国志演義』、高希希監督『Three Kingdoms』などをベースにしています。そのため、羅貫中らかんちゅうの『三国志演義』や陳寿ちんじゅの『正史三国志』とは内容が異なり、少なからず脚色が含まれることがあります。あらかじめ、ご了承下さい。

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