大学入試~最強の現代文(評論文)読解法①

アイキャッチ画像 現代文読解攻略法
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この記事で分かること

☆評論文の読解法

→評論文を読解する際に、どのようなことに注意すればよいのか?

 

1.出典を確認し、どのようなテーマが論じられるか検討を付ける

2.形を変えて繰り返される表現に注意して、筆者の主張・論旨をつかむ

3傍線部(抽象的な表現)の言い換えとなる具体的説明を見つけるコツ

4.二項対立(対比)に注意し、筆者の主張・論旨をつかむ

5.筆者の主張が表明されやすい表現

6.指示語に注意して選択肢を見極める

⚠︎2以降は次回の記事で紹介します。

 

前回の記事「最強の現代文(評論文)勉強法」に引き続き、今回は評論文の読解法について解説します。といっても、世の中に現代文の読解法を解説しているものは数多くあると思いますので、本日はそれらの解説に共通すること以外で、私が日ごろ生徒に伝えている評論文を読解する際のテクニックを紹介します。

 

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評論文の読解法

出典を確認し、どのようなテーマが論じられるか検討を付ける

みなさんは模試を受験する際、現代文の冊子を開いて評論文の問題を解こうとする時、まず最初に何をしますか。いきなり本文を読み始めていませんか。読解力に相当の自信がある方は、それでよいでしょう。しかし、毎回現代文の成績が安定しないで困っている方は、本文を読む前に本文の出典を確認してみてください。著作権の関係から、必ず本文末尾に出典が明記されているはずです。出典には、その評論文が掲載されている著作物のタイトルが記されていて、時にはそのタイトルが評論文の要旨を端的に言い表していることがあります。

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例えば、一昨年の9月に行われた「高校3年生ベネッセ駿台マーク模試」の評論文では、今井むつみ著「ことばと思考」という文献が出題されました。前回の記事(最強の現代文(評論文)勉強法)でお話ししたように、評論文頻出テーマの学習をきちんと行っている方は、この出典を確認しただけで、今回のテーマが「言語論」であるということがたちどころに分かるわけです。「言語論」は入試頻出の評論文テーマの一つです。國學院大學や立教大学、上智大学では、過去に「言語論」に関する評論文が出題されています。

 

入試頻出テーマ「言語論」で論じられる主な内容

言語の恣意性

スイスの言語学者フェルディナン・ド・ソシュールが提唱した説で、言語は、記号表現(シニフィアン)と記号内容(シニフィエ)で構成されていて、両者は恣意しい的(=勝手気まま。)に結び付いているという論考です。

例えば、みなさんが使用している「つくえ」は「つぐへ」と名付けられてもおかしくはなく、最初に名付けた人間が恣意的に「つくえ」と呼んだだけで、つまり机(物体)と「つくえ」という名前には密接な関係性はない、ということです。

ざあざあ空から降ってくる水滴は、日本語では「あめ」ですし、英語では「rain」です。「あめ」でなければならないなら、英語でも「ame」となっていたはず。しかしながら、英語で「rain」と呼ばれているということは、やはり物事は恣意的に名付けられているということなのです。言い換えれば、空から降り注ぐ、あの水滴を「あめ」と呼ぶことには何の必然性もないのです。これが、「言語の恣意性」です。

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分節化

こちらもソシュールの説です。人間は、物事に名前を付けることによって、あらゆる物事を区別し、整理しています

例えば、世の中には様々な色が存在していますが、私たちは青い色に「青」と名付けることによって、他の色と区別しています。赤い色に「赤」と名付けることによって、こちらも他の色と区別しているのです。このように、私たちは物事に名前を付けて、そのものに意味付けを行うことによって、そのものと、そうでないものを分別して、整理するのです。これが「分節化ぶんせつか」です。

みなさんの部屋を見渡してみてください。「名付け」が行われていないものは見当たらないはずです。言葉を理解しない原始人や赤ちゃんから見たら、部屋の内部は混沌こんとん(=すべてが入りまじって区別がつかないさま。カオス。)の状態でしかありません。しかし、みなさんは言葉を理解しています。眼前にある物事にはいずれも名前が付けられ、みなさんはその名前が分かります。だから、秩序(=コスモス。)を維持して勉強に臨めるのです。

原子やそれよりも小さな素粒子そりゅうし、何光年も離れた星々に名前がつけられるのも、分節化です。自分でも把握できない気持ちを言葉で整理しようとするのも、分節化です。

例えば、「恋」もそうです。「恋」という名前があるからこそ、私たちは、この感情はおそらく「恋」なのだと納得するのです。もし「恋」という名付け、意味づけがなされていなければ、突然訪れる心臓の鼓動や情緒不安定の原因がいつまでも分からず、人知れず苦悩することでしょう。笑

評論文では、次の新約聖書中の「ヨハネによる福音ふくいん書」冒頭部分がたびたび引用されます。

初めに言葉ありき。(世界のあらゆるものは、全て言葉によって成っている。)

言葉がなければ、すべては未分明みぶんめいのまま。神は人間に、まず最初に「言葉」を与えたのです。だから、私たちは物事を区別して、平静に秩序を持って暮らせる。キリスト教ではそのように解釈しています。

 

エクリチュール

フランスの哲学者ロラン・バルトは言います。「エクリチュール」(社会的に(その領域で)規定された言葉遣い)こそが、人間の思考や行動に影響を与える、と。

例えば、教員のエクリチュールは一般的に「正しい、礼儀正しい言葉遣い」とされていますが、それらを用いれば、ますます人格的行動を取るようになるということです。逆に、不良少年のエクリチュールは乱暴なものとなりますが、彼らがそのエクリチュールを常態化させると、ますます粗暴になっていくわけです。また、日本人のエクリチュールは、一般的に「多くを語らないで、物事を推測し、推測させる」ということが言えると思いますが、だからこそ私たちの国は「おもてなし」に優れているのであり、逆に議論下手なのかもしれません。この論考を逆手さかてに取れば、エクリチュールを転換すれば、人間の性質は変更可能なのです。

 

話を戻しますが、先ほどの「ことばと思考」は、この③の内容に似通っていて、「言葉が、人間の思考や記憶に影響を与える」という論旨でした。このように、出典を確認し、どのような内容が語られるかの検討を付け、それを手掛かりに読解することが、高度なことが論じられる昨今の評論文読解においては極めて有効なのです。ちなみに、ソシュール、ロラン・バルトは入試評論によく登場します。記憶に留めておいてください。前回もご紹介しましたが、頻出テーマについて詳しく習得したい方は、以下の良書に詳述されていますので、参考になさってください。

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まとめ

☆出典を確認し、今回はどのようなテーマが論じられるか検討を付けることによって読解の手がかりとする。

☆円滑に読解するためには、評論文頻出テーマについて理解を深めることが大事である。

⚠︎2以降は次回の記事で紹介します。

 

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