優れた子供の育て方〜日本の教育に足りない意識

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この記事からわかること

☆教育において、日本人に欠乏している意識とは何か?

☆現在、大学が欲している学生像とは何か?

(就職試験や推薦入学で見極められるポイント)

☆優れた子どもを育てるために親が注意すべきこととは何か?

 

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三者面談や保護者会で痛感すること

*ここから書くことは、教員でもあり、親でもある私の切実な感慨です。

「子は親の背中を見て育つ」という月並な言葉がありますが、これは真実です。人間的に成熟しているなと感じさせる生徒の親には、人格者が多いです。礼儀正しいですし、おっしゃることには筋が通っています。

逆に、悪態をついて授業を妨害するような生徒の親には・・・。悪態をつくような生徒でなくても、こちらが指摘したことに全く聞く耳をもたない生徒の親には、子どもの言うなりになっている方が多いです。また、何事も批判的な生徒の親には、クレーマーが多いです。

しかし、これは当たり前の話で、私たちは生まれた時から四六時中しろくじちゅう親の一挙手一投足いっきょしゅいっとうそくを眺めながら育つわけですので、それはまさに文化と同じで、子どもは親の影響を受けないわけにはいかないのです。

 

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欧米と日本の教育観の違い

今は大分変化したかもしれませんが、教育史では欧米と日本の教育観の違いを次のように定義しています

欧米では、子どもは生まれながらにして、すでに「個人」であり、大人と対等な人権を有している他者として育てます。

海外ドラマや洋画を多くご覧になっている方は分かると思いますが、欧米では、たとえ幼い子どもでも自分の部屋が与えられ、親とともに就寝することはめったにありません。欧米は、王族や貴族の支配から脱して人権を獲得してきた歴史があります。人権は、数々の革命によって、言い換えれば多くの血によってあがなわれたものだという意識が根強いのです。だからこそ、欧米では大人であろうと子どもであろうと、誰にも侵害されることのない人権があることにこだわりを持つのです。アメリカの拳銃所持が合法なのも、このことが一つの要因です。

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一方、日本は古来より、儒教じゅきょう思想を多分に受けてきました。日本的な儒教の教えでは、家にあっては父に従い、外にあっては君主に従うことがことさら尊ばれます。前者は「家父長制かふちょうせい」(=父親が一家の長であるという制度)という家族のスタイルに結実し、子どもは親の支配下に置かれました。そのため、語弊ごへいを恐れずに言えば、子どもは親の所有物であって人権はないという認識が無意識のうちにあったのです。虐待件数が多いのは、未成熟な親が多いという側面もありますが、この対等でない教育観の名残りにも原因があるのです。

加えて、欧米では子どもを対個人として育てるために、社会性や社会的責任が芽生えやすいという特徴があります。対して、日本は子どもを親の意に沿わせようとしたり、保護下に置こうとするために、なかなか独立できない特徴があるのです。ニート、アダルトチルドレン、家庭内暴力といった社会問題が、その良い例です。

このことから、日本人の教育観に欠乏しているものは、ひとえに、自分の子どもを一人の個人と認識することだと言えるでしょう。この認識の欠如が、社会性や社会的な責任の自覚の萌芽を阻害しているのです。

 

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「やってごらん?」の教育

現在、各大学のアドミッション・ポリシー(=大学事務局の学生受け入れ方針。リンクしたページに詳しく書いてあります。) には、「主体性」「協働性」「社会貢献」の文字があふれています。なぜかと言えば、これらの特性がいま時代の要請として求められているからに相違ありませんが、裏を返せばこれらの特性を早く育てなければならないと考えているからです。もっと言えば、これらの特性が日本では育っていないからです。

では、どうすればこうした特性が身につくのでしょうか?それは、目の前にいる子どもは、将来世界にとって大切な人材だという意識を持つこと、そして良い意味で突き放すことです。

先ほどの三者面談ですが、優れた生徒の親は、みな子どもに全権を委ねています。そこまでになるには、相当ヤキモキしたと思います。親なら、誰だって口出しして、何でも手を掛けてあげたくなるではありませんか。でも、彼らは、まず子どもに考えさせ、助けを求めてきたら答えを出すのではなくて一緒になって考え、その、気も遠くなるような訓練を経て、子どもたちは主体性を獲得したのです。

 

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中国春秋時代の思想家に、曾子そうしという人がいます。孔子の愛弟子まなでしです。ある時、曾子の妻と子どもが市場に行きました。途中、子どもが泣きじゃくるので、妻は「おとなしく帰れば後で豚料理をご馳走してやろう」と言って子どもを家に返します。妻としては、子どもを家に帰らせるための冗談のつもりだったのですが、家に帰ってみると、なんと子どもから事情を聞いていた曾子が豚を殺そうとしていたのです。

妻は慌ててこれまでのいきさつを話しますが、曾子は「子どもは親の背中を見て育つものだ。だから、ほんの些細なことであっても子どもに嘘をついてはいけない。」と言って、とうとう豚を殺してしまったのです。

これはかなり飛躍した話ですが、なぜ曾子はここまで徹底した教育をしたのかと言えば、社会に有用となる人材に育て上げるためでした。孔子は弟子が3000人いたと言われていますが、彼らは教育した弟子をきちんと国家秩序の構築のために社会に送り出すのです。そのため、孔子の高弟である曾子の頭の中にも、恐らく、「この子は将来社会を担う構成員になるために誠実な人間に育てなければならない」という心があったのだと思います。

一流の育て方―――ビジネスでも勉強でもズバ抜けて活躍できる子を育てる

 

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まとめ

☆子は親の背中を見て育つものであるので、些細なことであっても、親は子どものお手本となる行動を取らなければならない。

☆良い意味で子どもを突き放して「個」の意識を養い、主体性、協働性、社会貢献の意識を芽生えさせる。

以上、簡単なことではありませんが、今日から子どもに「やってごらん?」教育を始めてみてください。一年もすると、子どもから舌を巻くような発言が飛び出しますよ。

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