はじめに
こんにちは。
本日は、明日のエイプリルフールにちなんで、ウソについてです。
コロナの影響で、病や死について考えることが多くなりました。また、昨日日本中を駆け巡った志村けんさん死の一報は、私たちに大きな喪失感を与えるとともに、人間はいつ死んでもおかしくないのだということを痛感させます。みなさんは1日1日を大切に、噛み締めて生きていますか?
伊藤整という作家
明日は、エイプリルフールですね。言わずもがな、年に一度、ウソをついても許される日です。ウソといえば、以前大学入試センター試験の国語の問題に、『典子の生きかた』という伊藤整の小説が出題されていました。伊藤整といえば、昭和を代表する小説家で、1950年にイギリスの作家D・H・ローレンスの『チャタレイ夫人の恋人』を翻訳、出版しましたが、猥褻文書として摘発され、7年後に最高裁で有罪となります。表現の自由を求めた「チャタレイ裁判」として、大きな議論を巻き起こした作家としても有名です。
完訳チャタレイ夫人の恋人 (新潮文庫)

話を戻しますが、この『典子の生きかた』は死について考えさせられる内容で、この小説が出題されるや、受験生から大きな反響が沸き起こりました。あらすじはざっとこんな感じです。
*筆者はこの小説を、問題に記載された抜粋部分でしか読んだことがないので、抜粋部分に書かれていないことに関しては( )で記します。
『典子の生きかた』あらすじ
主人公は典子という女性で、遠い親戚である速雄とは恐らく恋仲で、典子の叔父の家で同居をしていました。
「いました」というのも、速雄は胸を病んで今は療養所にいます。
(1953年に発表された小説のため、恐らく戦前か戦後すぐが舞台だと思われますので、速雄は結核を患い、サナトリウムにいると考えられます。当時、結核は喀血を伴う不治の病であり、多くの国民が感染したことから国民病とされ、その結核患者を収容した療養所をサナトリウムと言いました。)
典子は速雄を見舞うのですが、1週間ぶりに会う速雄は「身体がぺたりと薄く見え」るほど衰弱していました。典子の目には涙が浮かび、見舞いに来なかった自分を責めます。気を取り直そうとしますが、今度は隣の寝台がきれいに片付けられているのが目に入ります。典子はもともとここにいた患者がどうなったのかを、強いて考えないようにするのです。「どう?」と尋ねる典子に、速雄は微笑むだけで答えません。しかし、「ちょっとの間にこんなに悪くなって済まない」と速雄が言っているように、典子には見えるのでした。
典子には伝えなければならないことがあります。「私ね」と典子が言いかけると、速雄は以前と同じく、「どんな心配でも聞いてあげるよ」と言わんばかりに、典子を包み込むように見つめます。思わず、典子は跪いて速雄の布団の端に取りすがります。そして再び「私ね」と言い直します。きらきらと涙がこぼれるのと同時に、この人の優しさを最後の一滴まで残らず受け入れたいと思うのです。
「(私ね)叔父さんの家を出るのよ」
典子は、速雄と同居していた叔父の家を出て、1人で働くつもりであることを告げます。速雄は黙ったまま、骨ばかりの大きな手で、力なく典子の手を握るのでした。
(典子の言葉は速雄にとって残酷のようにも見えますが、典子は1人で生きていくことを望む、当時ではまだ珍しい「自我」を持った女性、いわゆる「新しき女」なのです。速雄は、そんな典子の性分は分かっているのです。真に残酷なのは、それを告げられても、速雄にはもはや典子を抱きしめて応援してやる力も余命も残されていないということを、速雄が痛感することです。これが、「私ね」と典子が躊躇した理由なのです。)
速雄が、死期を悟って自分と一緒に人生を歩むことを断念している。それを感じ取った典子は、急に恐ろしさと孤独とに打ちのめされます。そして、速雄の手に取りすがって、また「私ね」と口にします。そして、
「(私ね)あなたが早くよくならなかったらひとりで寂しい」と速雄に言うのです。速雄は骨ばかりの手で典子の頭を撫でます。典子にはその手が、「そうだよ、もう僕たちは、本当の事が言えないほど別れが近くなっているのだ」と言っているように感じるのでした。
うそ (はじめてのテツガク絵本)

まとめ
先ほども言いましたが、典子は「新しき女」なのです。果断に物事に立ち向かっていく自我を持った女性、自分の気持ちを率直に述べる女性なのです。そんな女性が、本当は回復しないと分かっているにもかかわらず、「早くよくならないと」などと「うそ」をつくのですから、速雄はその言葉を聞いて自分の病状の客観的な深刻さ、自分の無力さをますます悟るのです。そして、2人の別れがもう間近に迫っていることを痛感するのです。
いたわりの「うそ」が、かえって永遠の別れが迫っていることを2人に印象付けてしまうのです。「うそ」にも色々ありますが、このうそには涙をそそられますよね。この後の展開が気になる方は、ぜひとも続きを読んでみてください。→典子の生きかた (新潮文庫 い 9-2)
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